『な、いこうぜ。な、な?』

先ほどから、ずっとこの調子。 久々に再会したこの男は、相変わらずするりと懐に入ってくる感じ。


『いーやよっ。私はオーブにいたいもの。家族もいるし』


『お前カメラマンだろ〜? たまには活動フィールド広げた方がいいって』



長かった戦いが終わり、ようやく世界には穏やかな日々が訪れたけれど。

大切な人をなくした人、大切な場所をなくした人、今なお生々しくのこる戦いの傷跡。

私はそれを伝え続けるために、まだカメラを握っている。


『…もちろん、プラントの写真も撮らなきゃいけないと思うけど…』



『だろ?だからこいよ、プラントに』


ディアッカは、先ほどから何度も繰り返している言葉を、また口にした。


プラントへの移住。



確かに戦時中とは違い、プラントとオーブは気軽に行き来できるようにはなったけれど…


『ミリィ…』

ふいにディアッカの声が低められた。

紫電の瞳が私を見つめる。

『こいよ、俺のとこに』



頷いてしまいたくなるほどの引力。


『…でも…』

自分でもわかってる。行きたくなりはじめてる。

『さっきから、 でも、 とか、 けど 、 とかばっかりだな』

ずっと俯いていたら、頭上から溜め息混じりにそんな声が聞こえた。

『…家族とかいるしな…。 それに、トールも…いるしな』


プラントへの移住にひっかかっていた事を、ずばりと当てられて、体がこわ張る。


(トール…)


オーブには彼のお墓がある。

プラントに… ディアッカの元に行ってしまったら、もう頻繁には彼に会いにこれなくなってしまうだろう。

(トール…)


彼を忘れて、他の人の元へ行ってはいけない。


でも、本当は…



『…無理じいはよくないか』

どのくらいの時間がたったのか、じっと私の前に立っていた体が離れて行く。


『ディアッカ…?』


『仕方ないか。じゃあ俺行くよ。…元気で…』


まるでもう会えないかのような言い方に驚いて顔をあげる。

『ディ…アッカ…?』

『いや、俺軍人だし〜? いくら和平が締結されたからって、軍人が何度もオーブに出入りするのまずいんだよ』

だから、もう会えないかもしれない、と言って、ディアッカは優しくほほ笑んだ。


『…幸せにな』


遠のいて行く背中。

考えれば、ディアッカに背を向けられたことがあっただろうか?

いつも私が怒って、背を向けて。

でも、必ず追いかけてきてくれたから。



『ディアッカ…』

背を向けられるのがこんなに哀しいことだなんて。


『ま…って…』


小さな声は離れていく背中をとめる事ができない。


『まっ…て…ディアッカ…』



その時、ふいに強い風が吹いた。

『きゃっ』

あまりの風に、ミリアリアは前のめりになりながら目を閉じる。

風がおさまり、そろそろと目を開けると、風のせいだろうか、ディアッカが立ち止まっているのが見える。

『ディアッカ…っ』



できる限りの声で、彼の名を呼ぶ。

『待って… ちょっと待ってよ… いかないで…っ』



また風が吹いた。

その風に押されるように、ミリアリアは走り出した。






自分の名を呼ぶ声に、ディアッカは振り返った。

そこには走ってくるミリアリアの姿。



自分の思った通りの光景に、小さく口の端をあげる。



その途端、また風が吹いた。

今度は逆風。背中を押されるような強い風。



(…何?俺もいけって?)


心の中で話しかけた。

風の強さにも負けず、ミリアリアは必死で走っている。


(あんたも苦労性だな、トール)


肩を竦めて、写真で見た彼の顔を思い浮かべる。

サンキュ、と呟くと


(仕方ねーよ)


そんな苦笑いが聞こえた気がした。


『ディアッカ…っ』


泣きそうな声で、ミリアリアが呼んでいる。


追いかけてきてくれると信じていた。

そして、彼女は追いかけてきてくれた。


『行かないで…待ってよ…』

彼女の元に駆け寄ると、胸に飛び込んで来た。


『ありがとう。追いかけてきてくれて』

激しく上下する肩をなだめるように撫でる。

『…行かないで…プラント…いくから…』


あまりのかわいさに、ついついネタばらしをしたくなるが。

『来てくれるの?』

耳元でささやくと、何度も何度も頷き返してくれた。


『…ルが…トールが行って来いって…』


やっぱり、苦労性な彼。


『さ…みしいけど…っ ディアッカに会えないのは…もっと寂しい…っ』

すがりついてくるミリアリアに、ディアッカは観念した。


『…ありがとう、ミリアリア。でも大丈夫』


大丈夫、の言葉に、涙をいっぱいに溜めたミリアリアが顔をあげた。

『だい…じょうぶ?』


目の前のディアッカはにんまりと笑っている。





『そ、大丈夫。 俺さぁ、ザフトのオーブ駐留部隊に転属なんだよ〜』


意地悪な笑顔で、ディアッカがミリアリアの頭を撫でる。


『へ…?』

ミリアリアが目を見開いた。端から涙がこぼれ落ちる。


『オーブ…駐留…?』


ふわりと風が吹き抜け、ミリアリアの頬を撫でる。


『そっ。だから…っ』


最後まで言い終わらないうちに、頬に強烈なパンチが飛んで来る。



『しんじられないっ。 なにがもうオーブに来れないかもしれないよっ。
もう会えないかもって言ったじゃないっ』


ミリアリアが激しくディアッカの胸を叩く。



『うそつきぃ…っ』


『ごめんごめんっ』

謝るディアッカの顔はだらしなく緩んでいる。


『すいません、ミリアリアさま〜』




『…でも、良かった…』

散々ディアッカを叩いたあと、ミリアリアはぽつりと呟いた。



頭で考えるより、体が動いた。

それが本当の気持ち。

トールも大事。ディアッカも同じくらい大事になっていた。


いつの間にか。



『トールってやつがさ』

ディアッカが彼の話を自発的にするのは珍しい。


『背中押した気がしたんだよな』

わかんないけどさ、と肩を竦める。






「忘れろなんて言わないから…」

2人の背中を押してくれたから。



「忘れないわ、絶対。 忘れない」

そう言って、ミリアリアは空を仰いだ。

空に溶けていったトール。 




「しょうがねぇから、ミリィもトールも、2人まとめてやしなってやるよ」

「そんな甲斐性ないくせに」


ぷっと吹き出して、ミリアリアは歩き出す。





「どこいくんだよ?」

「お墓参り〜。ディアッカ、さっき私のことだましたバツとして、お墓の掃除手伝ってよね」

「仕方ねえなぁ…」

ぶつぶついいながら、ディアッカも歩き出す。






手をつないで。

2人並んで。




優しい風が2人を包んでいた。 











…うーん、なんだか微妙な終わり方…? 運命後くらいの設定で。 オーブ駐留軍とかあるんですかね(笑)